「この手紙は平成18年10月20日に5,039人
分の署名簿とともに上田市長にお渡しした
ものです。」
謹啓
上田市長様には、公務ご多忙の中、当会のためにお時間を割いていただき誠にありがたく深く感謝申し上げます。
当会は、一昨年5月15日に発足し、現在幹事17人、会員約130人を擁する超党派の市民団体です。
その目的は、かつて弾丸道路と呼ばれた千歳から札幌に到る玄関口である国道36号の景観を、世界中のお客様を迎えるに相応しいものにしたい、さらには観光振興による地域の活性化にあります。
当会は会名に国道36号を冠していますが、12号、5号、230号等、札幌に入り込む道はすべてウェルカムロードと考えており、国道36号はその象徴的な道路と位置づけています。
また、当会は単に道を考えるばかりでなくこの2年半余り札幌全体の観光振興についても様々な提言を行ってきました。
国道36号についてはまた、発会当時からビクトリーロードと称して日本ハムファイターズならびにコンサドーレ札幌、リーグ優勝時の凱旋道路にしていただきたいとの提案を行ってきました。
今回の署名活動もその一環です。
当会としても、たった1回のパレードでシャッター街と化した街道がいきなり活性化するなどとは考えていません。
また、駅前通りでのパレードを否定しているのでもありません。
ただ「平成18年11月18日、ヒルマン監督と引退する新庄選手を乗せたオープンカーを先頭に・・・」そこに物語が生まれ、それがいつしか歴史となり、その後街道に様々な仕掛けが施されます。例えば、豊平橋から札幌ドームに到る間に400本の街路灯がありますが、そこにすべて球団フラッグが掲げられる。優勝時の選手のレリーフや手形、足形が埋め込まれる。そこに札幌中、北海道中そして全国のファンが集い人の流れが出来る。それこそがビクトリーロードのイメージです。
現行の法律ではすべて不可能なことと理解しておりますが、たぶん「特区」が解決のキーワードかと思われます。
当会には17人の幹事がいますが、今回一切の街頭署名を行っていません。
この5,039人の署名はすべて人から人への輪で集めたものです。
今回の署名活動の記事が道新朝刊の第一社会面に出た当日、ある岩見沢の男性から「北海道の中心地である札幌の駅前通りならば理解できる。なぜ36号なのか。日ハムは豊平区の球団ではない。俺は反対の署名活動を開始する」旨の脅迫めいた電話をいただきました。
恐らく札幌市内にも同様のご意見はあるでしょう。しかし、当会の2年半の活動をご存知の方々からは豊平区内ばかりでなく、札幌全域から賛同の署名をお寄せいただきました。
今回の我々の試みに対して商店街の方々からは、「国道なんか止められるわけがない。豊平神社の山車の許可でもたいへんなのに・・・」という声もありました。 私が「シャッター街」という言葉を発するたびに、誰がいったい「シャッター街」にしたのかと言う声も聞こえてきました。全くその通りです。
これは36号ばかりでなく、12号も、5号も230号もさらには全国の国道に面した商店街が等しく同じ問題に直面しています。
一商店街が取り組んで解決できる問題ではありません。
我々は何とかそれを変えたい。
当会の提言に対し、上田市長様のご英断をお願いいたします。
長くなりますが、あとしばらくお読みいただければ幸です。
私はこの2年半、多くの政官学、また一般の方々のお話を聞いて参りました。
私は常に次ぎの質問を発してきました。
「札幌はなぜ古い建物等を大切にしないのか」と。
多くの方々から次の趣旨の答えが返ってきました。
「札幌、北海道は歴史がないから・・・」
私の祖父母は東北4県から北海道に移り住んで、何もない大地に186万人の市民が住む素晴らしい街を残してくれました。
この言葉を聞くたびに私は祖父母たちに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
そこで言う歴史は志村鉄一、吉田茂八以下の倭人の歴史でしかありません。
北海道にはアイヌ人もいれば縄文人もいたのです。
さらに多くの人々は、「札幌には見るところがない」と言います。
果たしてそうでしょうか。
時計台、旧控訴院、植物園、道庁、清華亭北大構内の建物群、北大第2農場、札幌ビール園、札幌ファクトリーetc.見るべきところは数多あれどそれらは単に点として存在するだけで、その間には導線がありません。
当会の活動の要諦は点を線に、線を面にすることです。
加えるに、見るところがない訳ではなく、見るべきものを壊してしまった、また現在壊そうとしているというのが実情ではないでしょうか。かつての豊平橋も含めて。
旧定山渓鉄道豊平駅跡、旧拓銀本店跡(この建物はかつて日本建築学会賞を取りました)そして旧北部司令部防空指揮所跡等枚挙にいとまがありません。これらは北海道の負の歴史も含めた産業遺産であり戦争遺産です。
さっぽろふるさと文化百選もなすすべなく壊されていく現状です。
もちろんその責任は、行政ばかりでなく札幌の経済人、そして我々市民にもあると思います。
新しいものを創る事には熱心だが歴史を大切にしない札幌。もし「青春都市さっぽろ」という標語がその行為を支えているならば何をか言わんです。
これから100年後、200年後明治大正の建物は残っても昭和の建物はひとつも残らないとするならば、我々平成の大人たちは子孫たちからどのような謗りを受けることでしょうか。
私がお会いした「心ある札幌人」は皆憤り、悲しんでいます。
最後になりますが、いくつかの言葉でこの
拙い文章をしめさせていただきます。
「都市づくりは住民本位で進めるべきものであり、観光客に媚びるようなものであってはならない。」(都市観光でまちづくり滑w芸出版社刊より)
「醜いまちに共通するものは、自然、歴史への無関心、安全への配慮のなさである」(C・W・ニコル)
「景観10年、風景100年、風土1000年」
「記憶のないところ未来なし」
最後になりますが、上田市長様の益々のご活躍と来年の市長選での再選をお祈りしています。最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
謹白
上田 文雄様
平成18年10月14日夜